大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(刑わ)2391号 判決 1984年11月26日

本籍

東京都中野区丸山二丁目九六一番地

住居

同区丸山二丁目一三番一号

不動産賃貸業

津島テル子

昭和六年四月三日生

右の者に対する有印私文書偽造、公正証書原本不実記載、同行使、所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官三谷紘出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

一  被告人を懲役一年二月及び罰金三、五〇〇万円に処する。

二  右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

三  この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都中野区丸山二丁目一三番一号において不動産賃貸業を営んでいた津島己喜蔵(昭和五九年六月二二日死亡。以下「己喜蔵」という。)の次女であり、右己喜蔵が昭和五一年ころ脳血栓で倒れて以後、同人にかわって右不動産賃貸業を行い、同人の財産を管理していたところ、昭和五七年五月及び六月己喜蔵の入院費等を捻出するため、同人所有にかかる不動産を売却して合計五三九、二八七、四〇〇円の譲渡収入を得たが、右不動産の売却を依頼した分離前相被告人櫻井恒雄及び同人を通じて知り合った同三浦正久と共謀のうえ、

第一  己喜蔵の昭和五七年分の前記不動産の譲渡所得にかかる所得税を免れるため、保証債務の履行として資産を譲渡した場合にその履行に伴う求償権の行使ができない限度においてその所得につき所得税が課せられないことに着目し、前記三浦を債権者、木藤米吉(昭和五五年五月五日死亡)を主たる債務者、己喜蔵及び前記櫻井らを連帯保証人とする金銭消費貸借契約証書を偽造するなどして己喜蔵が右保証債務を履行するために右不動産を譲渡したように仮装しようと企図し、昭和五八年二月ころ、同都目黒区中央町一丁目九番六号モナミ荘三号室河田エイ方ほか二か所において、行使の目的をもって、ほしいままに、市販の金銭消費貸借契約証書用紙を使用し、かねて三浦が所持していた、名刺の裏面の木藤米吉の筆跡による「練馬区高野台三ノ二三木藤米吉」との記載及び「木藤」の印影並びに他の契約書の「木藤米吉」の印影を、それぞれ電子複写機で複写してこれらを右金銭消費貸借契約証書用紙の借主欄に貼付し、金額欄に、「七億五千万円」と記入し、貸主欄に三浦の氏名を記載し、その名下に同人の印を押印したのち、これを電子複写機で複写し、更に右複写した金銭消費貸借契約証書用紙の連帯保証人欄に、己喜蔵及び櫻井の各氏名を記載しその名下に押印するなどしてこれを電子複写機で複写し、もって木藤米吉作成名義の署名押印のある同人を借主とする連帯保証人付金銭消費貸借契約証書一通(昭和五九年押第一四〇九号の5中の甲第一号証)の偽造を遂げ、

第二  被告人及び津島ユリ子がそれぞれ所有する共同住宅各一棟の建築工事代金に関する税務調査に備えるため、その事実がないのに、三浦からの借入金により右工事費を賄ったように仮装しようと企図し、昭和五八年一〇月三日、同都中野区野方一丁目三四番一号東京法務局中野出張所において、情を知らない司法書士今西敬昌をして、同出張所登記官吏に対し、被告人、己喜蔵及び津島ユリ子ら三名が三浦から同年三月二五日、一口一億円、三口で合計三億円を借り受けた旨の虚偽の金銭消費貸借契約を登記原因とし、これに基づく連帯債務の担保として右己喜蔵等が所有する別紙(一)物件目録記載の不動産に、三浦を抵当権者とし、抵当証券発行特約付抵当権を設定する旨の抵当権設定登記申請書三通及び権利者を三浦とし右債務の不履行を停止条件とする賃借権を設定する旨の停止条件付賃借権設定仮登記申請書一通を提出させ、そのころ、情を知らない右登記官吏をして、右各申請書に基づき、同出張所備付けの不動産登記簿原本に、前記目録「不実登記の内容」欄記載のとおりそれぞれ不実の記載をさせ、即時これを同出張所に備え付けさせて行使し、

第三  己喜蔵の業務及び財産に関し同人の昭和五七年分の所得税を免れようと企て、前記のとおり、同人が同年に所有にかかる不動産を売却したのは、同人の三浦に対する金額七億五、〇〇〇万円の保証債務を履行するためであるかのように仮装しようとして、連帯保証人付金銭消費貸借契約証書を作成し、これに基づき己喜蔵が右保証債務を履行する旨の起訴前の和解を行い、次いで、己喜蔵名義で三浦の銀行預金口座あてに合計六億五、〇〇〇万円を送金するなどし、更に、右保証にかかる契約の主たる債務者が死亡し相続人が無資力であるため右保証債務の履行に伴う求償権の行使ができないものとして求償権放棄書を整えるなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和五七年分の己喜蔵の実際の総所得金額が八六〇、六一五円あり、分離課税による不動産の長期譲渡所得金額が四四九、三五九、七八五円であったにかかわらず(別紙(二)修正損益計算書参照)、昭和五八年三月一四日、同区中野四丁目九番一五号所在の所轄中野税務署において、同税務署長に対し、同五七年分の総所得金額が一、三九八、三九六円でこれに対する所得税額は医療費控除等を行うと納付すべき税額はなく、分離課税による不動産の長期譲渡所得金額は所得税法第六四条第二項によって零円となるから、これに対する所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五七年押第一四〇九号の1)を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一五四、三三六、五〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)を免れ

たものである

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書九通

一  分離前相被告人櫻井恒雄(一九通)、同三浦正久(謄本一七通)の検察官に対する各供述調書

一  津島ユリ子、津島房次郎、猪股キヌイ、小川水宝(二通)、池隆、奥村秀雄(三通)、間宏(二通)、河原典忠、渡辺瑞夫、村松英樹(二通)、大阪勝利、大森誠造、片柳輝一、金内秀夫(一〇通)、野口忠、青木孝、渡邊喜之、久留茂(二通)、久留八千代、木藤稔枝(二通)、中嶋悟、木藤晃、築幸枝、藤田博、菊田操、岡安新一、滝沢十三作(二通)、長井昌克(二通)、真木光夫、下田祐輔、富成昭英、河田信幸(二通)、河田エイ(二通)、小森教尚、鈴木克己、篠原晴信(昭和五九年七月三一日付)、海老澤徹、新田一美、油井とし子、櫻井まち子の検察官に対する各供述調書

一  検察事務官宇佐美忠章作成の捜査報告書

一  登記官作成の捜査関係事項照会に対する回答書二通

一  民事第一審訴訟記録(謄本)

一  和解事件記録(謄本)

一  押収してある昭和五七年分の所得税確定申告書一袋(昭和五九年押第一四〇九号の1)、保証債務の覆行のための資産譲渡に関する計算明細書等一袋(同号の2)、昭和五七年分所得税青色申告決算書等一袋(同号の3)、東京地方裁判所昭和五八年(ワ)第一七八四保証債務請求事件記録一冊(同号の5)

判示第一の事実につき

一  検察事務官星野洋介作成の捜査報告書二通

一  科学警察研究所長作成の鑑定書二通

一  練馬区谷原出張所長作成の印鑑登録印影写

一  押収してある金銭消費貸借契約証書写等一袋(同号の4)

判示第二の事実につき

一  栗原敏、今西敬昌、打保庸彌、本田宗樹、阿部直、斎藤明、播磨謙之、篠原晴信(昭和五九年七月三〇日付)の検察官に対する各供述調書

判示第三の事実につき

一  収税官吏作成の調査書一四通

一  検察事務官木村善治作成の捜査報告書

(法令の適用)

一  罰条

判示第一の所為につき刑法一五九条一項、六〇条、判示第二の各所為中、虚偽申立公正証書原本不実記載の点は同法一五七条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条、同行使の点は同法一五八条一項、一五七条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条(いずれも物件及び登記事項ごとに)、判示第三の所為につき所得税法二三八条一項、二項、二四四条一項、刑法六〇条に該当。

二  科刑上の一罪の処理

判示第二の各虚偽申立公正証書原本不実記載は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であり、各虚偽申立公正証書原本不実記載の所為とその各行使との間にはそれぞれ手段・結果の関係があるので、刑法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として犯情の重い行使の罪の刑で処断。

三  刑の選択

判示第二の事実につきいずれも懲役刑選択、判示第三の罪につき懲役刑及び罰金刑併科。

四  併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑により処断。

五  労役場留置

刑法一八条。

六  刑の執行猶予

懲役刑につき刑法二五条一項。

(求刑懲役一年二月及び罰金四、〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する

(裁判官 羽渕清司)

別紙(一)

物件目録

<省略>

別紙(二)

修正損益計算書

津島己喜蔵

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

<省略>

別紙(三)

税額計算書

昭和57年度分

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例